大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)25803号 判決 1997年7月24日

原告

五反田洋子

右訴訟代理人弁護士

丹羽鑛治

被告

社団法人不動産保証協会

右代表者理事

吉岡健三

右訴訟代理人弁護士

吉田瑞彦

鈴木一郎

主文

一  被告は、原告に対し、別紙債権目録記載の債権について、宅地建物取引業法六四条の八第二項の認証をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、訴外清新企画株式会社(代表取締役中村清一、以下、清新企画という)との間で、栃木県那須郡那須町大字高久平字西原三二四七番二三五所在の山林一〇四〇平方メートル(以下、本件土地という)について専任媒介契約を締結した原告が、清新企画から「本件土地の実測売買のためには下刈り、間引き、伐採、その他の作業をして本件土地の状況を明確にする必要がある」等といわれ、一三五万円を支払ったが、結局、右作業は実施されず、売買契約も不成立であったため、清新企画に対し、専任媒介契約(準委任契約)の終了による受取物引渡請求権、返還約束による支払請求権、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき一三五万円の支払請求権を有していたところ、両者間で別紙裁判上の和解(以下、本件和解という)が成立し、原告は別紙債権目録記載の債権(以下、本件債権という)を確定的に取得したことから、清新企画が加入する被告に対し、本件債権は宅地建物取引業法六四条の八第一項所定の「宅地建物取引業に関する取引により生じた債権」(以下、取引により生じた債権という)である旨主張し、同二項に基づいて弁済業務保証金から弁済を受けるべく認証を求めている事案である。

一  前提事実(証拠を明示した以外の部分は争いのない事実)

1  原告は、平成四年当時、看護助手として稼働していた者であり、不動産取引に関する格別の知識・経験はなかった(原告、弁論の全趣旨)。

2  被告は、宅地建物取引業法六四条の二第一項に基き、同法六四条の三第一項各号に掲げる業務を行う者として建設大臣の指定を受けた宅地建物取引業保証協会である。

3  清新企画は、被告の社員である宅地建物取引業者であるところ、同四年五月二六日、原告との間で本件土地の売却に関する専任媒介契約を締結し、原告は、同月二八日、清新企画に対し、売却経費として一三五万円を支払った(甲第一ないし第三号証)。

4  原告と清新企画間の東京地方裁判所平成五年(ワ)第六〇七七号事件において本件和解が成立した(甲第六、第七号証)。

5  原告は、同五年六月二八日、被告に対し、清新企画との間の本件土地の売却に関する専任媒介契約について、宅地建物取引業法に基づく苦情解決の申出をしたが、清新企画は被告の呼出にも応じなかった。

6  原告は、同七年八月七日、被告に対し、本件債権について宅地建物取引業法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」に該当するとして同第二項の認証を求めたところ、被告は、同七年一一月八日、右債権は弁済業務の対象債権とは認定できないとの理由で認証を拒否した。

二  争点

1  本件債権は宅地建物取引業法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」に該当するか。

(一) 原告

(1) 原告は、平成四年春頃、清新企画に対し、本件土地の売却の媒介を依頼していたところ、清新企画から、同四年五月二二日、三二八五万円で売却可能であること、実測売買の前提として下刈り、間引き、伐採、実測等の作業をして本件土地の状況を明確にする必要があること、右作業は清新企画が第三者に依頼して行うが、その売却経費として一三五万円を要すること等の説明を受けたことから、同四年五月二六日、清新企画との間で専任媒介契約を締結し、同月二八日、民法六五六条、六四九条の前払費用として一三五万円を支払った。しかし、清新企画は、本件土地の売買に関する媒介行為を行わず、右作業も実行しなかった。そこで、原告は、清新企画に対し、媒介契約を終了させて原告から受領した一三五万円を返還するよう求めた(民法六五六条、六四六条)ところ、清新企画は、同四年九月七日、原告に対し、同四年一〇月三〇日までに本件土地の売買契約が成立しない場合には、専任媒介契約を終了させ、一三五万円を返還する旨約した。ところが、右同日までに売買契約は成立しなかったのであるから、原告は清新企画に対し、専任媒介契約の終了による受取物引渡請求権、返還約束による支払請求権、不当利得返還請求権に基づき、右金員(出捐があるときは精算後の金額)の支払を請求できる。

(2) 清新企画は、本件土地の購入希望者が確定していなかったにもかかわらず、購入希望者が確定しており、確実に三二八五万円で売買が成立する旨を述べて原告を欺き、一三五万円を支払わせたものであり、仮にそうではないとしても、清新企画は売買が成立する見通しがないのに、確実に三二八五万円で売買が成立する旨を述べて、原告の無知に乗じて一三五万円を支払わせたものであるから、原告は清新企画に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、一三五万円の支払を請求できる。

(3) 右(1)、(2)の原告の清新企画に対する各請求権は、いずれも「取引により生じた債権」に該当するところ、その後、本件和解が成立したのであるから、その内金請求である本件債権も認証の対象となる「取引により生じた債権」に当たる(本件和解は内金一一八万円の支払義務を前提として履行を約したものにすぎない)。

(二) 被告

(1) 被告は、弁済業務規約を内部準則として規定し、第一二条において弁済業務の対象債権を「取引自体によって生じた債権」と「取引に関連して生じた債権」とに区分し、後者の例として「測量代・・その他関連する債権と認められるもの」を挙げている。

右の「取引に関連して生じた債権」は、媒介契約上の善管注意義務違反に関連して生じた損害等を意味する。しかし、下刈り、伐採等は、売主が土地を売買する前提として所有権の境界等を明確にするために実施すべき財産管理事項であり、原告も被告の社員以外に依頼することも可能であるから、第三者に右作業を依頼したり、あっせんを行うことは、宅地建物取引業者の業務内容になっておらず、媒介契約から生じる業者の義務でもない。また、右の「測量代」は、買主が売主の負担すべき測量費を出捐した場合において、買主が売買契約の解除等に基づいて原状回復の請求を行う際、相当因果関係のある債権として弁済業務の対象になるとの意味である。従って、原告が清新企画に支払った下刈り、間引き、伐採費等は、本件土地の媒介行為とは別個のものであるから、原告が清新企画に対して取得した請求権はいずれも「取引により生じた債権」に該当せず、これを前提に成立した本件和解に基づく本件債権も弁済業務の対象とはならない。

(2) 原告主張の返還約束に基づく一三五万円の支払請求権は平成四年九月七日に成立したが、清新企画が履行しなかったため、原告が提訴し、本件和解が成立した。しかし、結局、清新企画は本件和解条項に基づく分割金の支払も怠ったため、期限の利益を喪失し、原告が残金九五万円の一括支払請求権を取得したのである。かように原告の清新企画に対する請求権は合意に基づくものであるから、不法行為に基づく損害賠償請求権はそもそも認証の対象にはならない。

2  原告の主張は時期に遅れたものかどうか。

(1) 被告

原告は、平成五年六月二八日の被告に対する苦情相談、同七年八月七日の認証申出の手続を通じて、一三五万円が「本件土地の下刈り、間引き、伐採その他の費用」であると主張し、資料も提出した。そこで、被告は原告の主張を前提として苦情処理、認証審査を行い、結局、右はあっせん媒介契約の内容と関係せず、被告の弁済業務の対象にはならないとして認証を拒否した。ところが、原告は、同八年九月六日の原告本人尋問において初めて本件費用には「測量代を含む」と従前とは異なる主張をするに至った。しかし、認証審査時に提出可能であったのに訴訟提起後になって認証段階で主張しなかった事実ないし資料を提出することは時機に遅れた主張として排斥されるべきである。

(2) 原告

争う。

第三  判断

一  事実経過等(前提事実、甲第一ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一七号証、第一八号証の一ないし三、第一九号証、乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一ないし三、第八ないし第一六号証、証人竹中勲、原告、弁論の全趣旨)

1  原告は、平成四年春頃、清新企画に対し、本件土地(登記簿上は山林であるが、昭和四八年頃、相模鉄道株式会社が別荘用地用として開発して分譲した一区画であり、現況は宅地であった)の売却の媒介を依頼していた。

2  清新企画は、原告に対し、平成四年五月二二日付文書(甲第八号証)で、①三一五〇万円で本件土地を購入したいという希望者が見つかったので、専任媒介契約書を作成したいこと、②「リゾート法の改正に伴い、遠隔地の別荘地は売買の際、境界・隣接地の確認(承諾)、その他が非常に厳しくなり、公簿面積で取引した場合には実測面積と相違し、トラブルが発生する危険があること、③購入希望者が前提条件として、下刈り、間引き、伐採、その他の作業を要求しているので、地元の業者に同作業を依頼すること、④業者の見積もりによると、右諸費用は三一五坪の本件土地の場合には一三五万円を要するが、原告に経済的負担をかけないようにするため、本件土地代金三一五〇万円に右諸費用を上乗せして三二八五万円で媒介すること、⑤購入希望者は売買価格の中に経費一三五万円が含まれることは全く知らないこと、⑥右諸費用は本件土地を売却するための必要経費であり、専任媒介契約書を作成する際、事前に預かりたいこと等を説明し、更に同四年五月二五日付文書(甲第九号証)で、⑦右一三五万円は実測売買に必要な作業を依頼するための必要経費であること、⑧専任媒介契約書の有効期間は三か月間とされているが、仮に成約できなかった場合には実費精算の上返済すること等を説明した。

そこで、原告は、清新企画の右説明を信用し、同四年五月二六日、清新企画との間で、本件土地の売却を目的とする専任媒介契約を締結し、同月二八日、右売却経費として一三五万円を支払った。

3  ところが、その後も清新企画は、本件土地の売買契約を成立させることはできず、しかも前提条件としていた下狩り、間引き、伐採その他の作業等が行われた形跡もなかった。そこで、原告は、同四年九月七日に至り、清新企画との間で、清新企画が本件土地の売買契約を同四年一〇月三〇日までに成約できなかった場合には専任媒介契約を終了させて一三五万円を原告に返還する旨を合意したが、清新企画は、同日までに右合意を履行できず、依然、下刈等の作業にも着手しなかった(なお、右合意の趣旨であるが、甲第一号証、第一三号証の一、二、弁論の全趣旨によると、原告と清新企画は、同四年五月二八日付専任媒介契約を三か月間の有効期間満了後、更に口頭により同四年一〇月三〇日まで合意により更新した上、同日限り本件土地の売却ができなかった場合には一三五万円を返還する旨約したものと見るのが当事者の合理的意思解釈に合致する。しかし、専任媒介契約は準委任契約であり、その終了により清新企画が受領した一三五万円を原告に返還する義務があるのは当然である[民法六五六条、六四六条]から、結局、当該義務を確認したにすぎないと見ることができる。そして、清新企画は、同日までに本件土地の売買契約を成立させることができなかったのであるから、右専任媒介契約は期間満了により当然に終了したものと認められる)。

4  右経過を辿り、原告は、清新企画が売買契約成立の見通しがないのに、原告をして一三五万円を支払わせたのではないかとの疑いを抱き、同五年三月、渋谷簡易裁判所に対し、一三五万円及びこれに対する弁済期限以降である同四年一一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める支払命令を申し立て、その命令を得た(同裁判所平成(ロ)第一七四五号事件)。しかし、清新企画が異議申立を行ったことから、原告は清新企画を被告として東京地方裁判所平成五年(ワ)第六〇七七号をもって右金員の支払を求める訴訟を提起したところ、清新企画は、同五年六月八日の第一回口頭弁論期日において、原告から受領した一三五万円のうち、一七万〇一三〇円を現場調査、顧客の現場案内等のための交通費として事実上支出したことを理由に減額を求めた上、裁判上の和解を希望したことから、原告もこれに応じ、本件和解が成立した。その後、清新企画は、同五年九月までの割賦金二〇万円を支払ったが、同五年一〇月分以降の支払をしなかったので、本件和解条項(第二項)の特約に基づき、同五年一一月三〇日限り、期限の利益を喪失し、原告に対し、元本九八万円及びこれに対する同年一二月一日から支払済みまで年二割の割合による遅延損害金の支払義務を負担するに至った(なお、その後、原告は清新企画から三万円の支払を受けた)。

5  この間、原告は、同五年六月二八日、被告に対し、清新企画が一三五万円を返還しないことに関し、宅地建物取引業法に基づく苦情解決の申出をしたが、清新企画は被告の呼出にも応じなかった。そこで、原告は、同七年八月七日、被告に対し、本件債権が「取引により生じた債権」に当たるとして宅地建物取引業法六四条の八第二項の認証を求め、本件訴訟代理人弁護士丹羽鑛治を通じて苦情説明書を提出した。

右説明書には、原告は、同四年五月二二日、清新企画から、本件土地の購入希望者が見つかったので、専任媒介契約を締結したいこと、売買契約が確実に成立する見通しであるが、成約のためには下刈り、間引き、伐採その他の作業をして土地の状況を明確にする必要があること、その費用の見積金額一三五万円を一時負担するよう求められたこと等の前記経過が記載されており、清新企画の前記同四年五月二二日付書面(甲第八号証)、五月二五日付書面(甲第九号証)等が資料として添付されていた。しかし、被告は、同七年一一月八日、右債権は弁済業務の対象債権とは認定できないとの理由で認証を拒否した。

6  被告は、清新企画を媒介者とする宅地建物取引に関し、同四年一二月から同六年七月にかけて、原告以外に少なくとも三件の苦情申立を受けた。これらはいずれも実測売買の必要から測量代金等名下に七〇万円を交付したが、清新企画が媒介業務を履行せず、被害を受けた等の内容であった。

二  検討(前提事実、事実経過を前提)

1  本件債権は、宅地建物取引業法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」に該当するか。

(1) 前記事実経過に照らすと、清新企画は、原告との専任売買契約が終了した平成四年一〇月三〇日までに、売却経費一三五万円を実測売買のための費用として出捐していなかったのであるから、原告は清新企画に対し、専任媒介契約の終了による受取物返還請求権(同契約の終了による返還約束、不当利得返還請求権、以下、原債権という)に基づき、右金員の返還を請求できるというべきである。そして、本件和解は、清新企画が右金員の支払をしないことから、原告が訴訟を提起し、右原債権を前提として、その金額を一部譲歩し、支払方法を改めて合意したものであるから、本件和解に基づく本件債権(損害金は本件和解が年二割であるのに対し、本件債権は年五分)は原債権の延長であり、両者は同一性があるというべきである。

(2) ところで、宅地建物取引業法は、消費者保護の見地から、宅地建物取引業者に対し、営業保証金を主たる事務所の最寄りの供託所に供託する義務を負わせ(二五条一項)、その額は政令で定める旨規定し(二項)、更に、宅地建物取引業保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引した者は、その取引により生じた債権に関し、当該社員が社員でないとしたならばその者が供託すべき二五条二項の政令で定める営業保証金の額に相当する額の範囲内において当該宅地建物取引業保証協会が供託した弁済業務保証金について弁済を受ける権利を有する旨を定めている(同法六四条の八第一項)。そして、右権利を有する者が権利を実行する場合には、弁済を受けることができる額について右保証協会の認証を受けることを要し(二項)、必要な事項は法務省令・建設省令で定める旨を規定している(五項)。しかし、「取引により生じた債権」の内容や範囲等については、法は何ら規定しておらず、右債権の内容、範囲を定めた政令等もないが、前記規定の趣旨に照らすと、「取引により生じた債権」とは宅地建物取引業に関する取引を原因として発生し、これと相当因果関係を有する債権であると解するのが相当である。

(3) これを本件について見ると、前記事実経過のとおり、原告は、清新企画から、①本件土地の公簿面積と実測面積の相違、範囲等を明確にしておかないと原告と買主との間でトラブルが発生する可能性があること、②本件土地の買受希望者も右測量等を要求しているので、地元の業者に実測売買のために必要な作業(実測売買のためには正確な測量が必要であり、その前提として間引き、伐採、下刈り、その他の作業が不可欠であることは自明である)を依頼すること、③右経費は清新企画に支払う売買代金に上乗せし、最終的に原告の負担にならないように処理するから、事前に支払ってほしいこと等の説明を受けたこと、④そこで、原告は右説明を信用して清新企画に一三五万円を支払ったが、清新企画は本件土地を実測売買するための準備作業にさえ着手せず、専任媒介契約終了後も右金員を返還しなかったこと等が認められ、これらの事実と、⑤原告のように不動産取引に関する格別の知識・経験もない依頼者が媒介業者から実測売買の前提として右説明を受ければ、右作業や支払の必要性に異論を唱えることなく、その売却経費を支払うというのが通常の事態の推移であること、⑥宅地建物取引業者が依頼者から売却経費の前払を受けることによって対象不動産の下刈、伐採、間引き、測量等を行い、その結果、土地の範囲、境界の状況、実測面積と公簿面積の齟齬の有無等を明確にすることは、媒介行為に伴う調査・説明義務を履行するための重要な資料を収集するという意味があること(宅地建物取引業者は、媒介対象の物件に関して右事項等を調査して取引関係者に説明し、売買契約の内容に関して紛争を生じたり、不測の損害を与えることがないように配慮すべき業務上の注意義務があるが[依頼者には準委任契約による責任、相手方には不法行為責任]、右諸点が明確になれば、調査や説明が極めて容易になる)、⑦右作業によって対象不動産の内容、特性等を確定することは、買主である相手方も対象不動産の内容、特性等を容易に知ることができ、購入の可否の検討することが可能になるから、媒介行為を円滑に進めるには極めて有効な手段でもあること等を併せ考えると、原告が清新企画の要求により売却経費一三五万円を支払ったことは、本件土地の売買の媒介行為と密接な関連性を有するものであり、原告の清新企画に対する専任媒介契約の終了による受領物返還請求権(同契約の終了による返還約束、不当利得返還請求権)は、原告と清新企画間の専任媒介契約(宅地建物取引業に関する取引)を原因として発生し、これと相当因果関係のある債権であると認めるのが相当である。

してみると、右債権は宅地建物取引業法六四条の八第一項の「取引により生じた債権」に該当するから、その延長であり、原債権と同一性のある本件和解に基づく本件債権は、被告による認証の対象になるというべきである。

(4) もっとも、被告は、弁済業務規約(乙第二号証)を内部準則として規定しており、第一二条において、弁済業務の対象債権を「取引自体によって生じた債権」と「取引に関連して生じた債権」とに区分し、前者については、「手付金、中間金、代金その他のいかなる名称を用いようと、最終的に宅地建物の代金又はその一部に充当することを目的として支払われた金銭及び売主が受領すべき金銭・・以下略」、後者については「利子(法定利息相当額)、違約金(実損金額の範囲内)、損害金(実損金額の範囲内)、明渡料、立退料等、登記料、測量代、訴訟費用等、媒介手数料(消費者が支払ったもの)、その他関連する債権と認められるもの」と定めている。

被告は、「①取引に関連して生じた債権とは媒介契約上の善管注意義務違反に関連して生じた損害等を意味する。しかし、第三者に下刈り、伐採等を依頼したり、そのあっせんを行うことは、誰でもなしうる行為であり、不動産の売却の媒介とは関係のない管理行為であるから、右債権には該当せず、弁済業務の対象にはならない。②右測量費とは、買主が売主の負担すべき測量費を出捐後、売買契約の解除等に基づく原状回復として買主に債権が発生する場合、相当因果関係のある債権として弁済業務の対象となるという意味である」旨を主張する。

しかし、被告は、宅地建物取引業者の私的団体にすぎず、その内部規約により、宅地建物取引業法六四条の八第一項所定の「取引により生じた債権」の内容及び範囲について制限を加えることはできないというべきところ、右①については、間引き・下刈り、伐採費用等も測量の前提として不可欠であり(測量代の一部ということもできる)、本件事実関係の下では、媒介業務と密接に関連しており、宅地建物取引業に関する取引を原因として発生し、これを相当因果関係を有する債権として「取引自体によって生じた債権」であると解すべきことは前記のとおりである。また、②についても、被告の弁済業務規約一二条によっても限定的に解する文言はないし、被告主張のように限定的に解すべき合理的な理由はないこと(却って、被告は「訴訟費用」までも「取引により生じた債権」としている程である)、他の事例では利子(法定利息相当額)、違約金(実損金額の範囲内)、損害金(実損金額の範囲内)のように括弧書で限定的に解すべき内容を規定しているのに、測量費については、立退料、登記料、訴訟費用等と並んでその内容を限定的に記載していないこと(乙第二号証)等に照らすと、被告主張のように規約を限定的に解すべき必然性はない。

よって、被告の右主張はいずれも採用できない。

2  原告の主張は時期に遅れたものかどうか。

原告は、苦情相談、認証申出手続を通じて、「本件土地の下刈り、間引き、伐採その他の費用」であると主張し、資料も提出したので、被告は原告の主張を前提として苦情処理、認証審査を行った上、右はあっせん、媒介契約の内容と関係せず、弁済業務の対象に当たらないとして認証請求を拒否した。ところが、原告は、本件訴訟の本人尋問において本件費用には「測量代を含む」と従前とは異なる主張をなすに至った。しかし、認証審査時に提出可能であったのに訴訟提起後になって認証段階で主張しなかった事実ないし資料を提出することは時機に遅れた主張として排斥されるべきである」旨主張する。

しかし、甲第八、第九、第一九号証、乙第八、第九号証、弁論の全趣旨によると、原告は、平成五年六月二八日、清新企画の媒介業務に関し苦情申立手続を行い、その後、同七年八月七日付で認証申出手続を行ったが、その際被告宛に提出した同七年八月付事情説明書中で、「原告は、同四年五月二二日、清新企画から、本件土地の購入希望者が見つかったので、専任媒介契約を締結したい旨の申し入れを受けた。売買契約が確実に成立する見通しであり、売買契約のためには下刈り、間引き、伐採その他の作業をして土地の状況を明確にする必要があるので、その費用として一三五万円を一時負担してほしいといわれた」旨の事実経過を記載し、その資料として清新企画の同四年五月二二日付、二四日付書面を添付したが、同資料には、前記事実経過2①ないし⑧の記載があるのみならず、乙第四号証の一ないし三、弁論の全趣旨によると、被告は、清新企画を媒介者とする宅地建物取引に関し、原告が清新企画と専任媒介契約を締結した頃である同四年一二月から同六年七月にかけて、「実測売買の必要から測量代金等の名下に七〇万円を交付したが、清新企画が媒介業務を履行せず、被害を受けた」等の苦情申立を少なくとも三件も受理していたこと等に照らすと、被告は原告の認証を求めている金額中に「測量代」が含まれていることを当然に認識していたものと推認される。

右によると、原告は、本件訴訟に至り、初めて「測量代」に言及したわけではなく、被告は苦情申立、認証申出の段階から、原告側が実測売買を前提とする作業の必要性を説明し、実質的に「測量代」に関する主張をしていたことを認識していたと考えられるのであるから、被告の前記主張は到底採用できない。

3  結論

以上の次第であるから、本件債権は宅地建物取引業法六四条の八第一項所定の「取引により生じた債権」であり、同二項による認証の対象になるというべきである。

よって、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官市村弘)

別紙債権目録<省略>

別紙和解条項<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例